「消滅せよ」——大阪中之島美術館、5つの部屋に潜む問いを探して
美術館に足を踏み入れた瞬間、私はある言葉に立ち止まりました。
「消滅せよ。」
誰が、誰に向かって言っているのか。 答えを探しながら5つの部屋を歩いた2時間が、私の予想をはるかに超える体験になりました。
今回ご紹介するのは、大阪中之島美術館で2026年4月25日から7月20日まで開催中の
「驚異の部屋の私たち、消滅せよ。— 森村泰昌・ヤノベケンジ・やなぎみわ —」
私が実際に歩いた順番——入口から、Room1〜5まで——に沿って紹介します。小さな情報ですが知っておくと、会場での見え方がきっと変わります。
入口の作品——「SHIP’S CAT」


【↑画像】入口からインパクトのある展示です
展示室に入る前、まず目に飛び込んでくるのがヤノベケンジの赤い車《SHIP’S CAT (Speeder)》です。館内の入口スペースに置かれていて、鮮やかな赤いボディがひときわ目を引きます。
作品前に置かれた説明を見ると、この入口スペースにはすでに3人全員の作品が並んでいます。やなぎみわの車の後部《Mirror & Hammer》、森村泰昌の《旗を持つ「立てる像」》——展覧会は入口から、3人の世界が一緒に始まっています。
ここで一つ、気づいてほしいことがあります。
この車の「運転手の顔」——よく見ると、ヤノベにそっくりの人形が座っている。
ヤノベはこの展覧会で、自分の100歳のお面をかぶった作品を使っています。「自分の顔を被る」とはどういうことか。自分を外から眺める、ということです。
お面を通して、ヤノベは「未来の自分」を先取りし、その姿で見知らぬ海へ漕ぎ出す——という物語を作っています。

【↑画像】ヤノベケンジと特殊メイクのお面を作った作家さんとのツーショット。
会場がザワザワしたので何事かと思ったら
会場の中に老人が電動車椅子で現れ、杖を使ってゆっくりと歩き出しました。「ヤノベに似てるなぁ」と思いながら見ていたら、その人がお面を外した。
あっ、ヤノベだ。
本物のヤノベケンジでした。
「若いのに、なぜ老け顔?」——その答えは作品名にありました。《ヤノベケンジ100歳の肖像》。自分の100歳の顔を作り、それを被って登場したのです。
まだ見ぬ「未来の自分の顔」を先取りして被る。6歳で万博を見て「未来が終わっていく怖さ」を誰より早く感じてきたヤノベが、今度は自分の未来の顔を先取りしてしまう——そんなヤノベらしい仕掛けでした。
プレスイベントでは、ヤノベ本人がこのお面を被って現れました。そして観客の前でお面を外すと本物のヤノベ氏が現れた。自分の顔を「もう一つの自分」として表現——それがこの展覧会でのヤノベのスタンスです。
【↑動画】ヤノベ氏がお面をつけて立ち去るところ
なぜ、この三人なのか
館内に入ると、最初の疑問が生まれます。「なぜ森村・ヤノベ・やなぎ、この三人なのか?」
実はこの展覧会を最初に「やりたい」と言い出したのは森村泰昌本人です。「この二人と、今やらなければならない」と森村は強く感じて動いた。三人の間には27年越しのつながりがあります。
1999年、大阪のアートスペース虹という小さなギャラリーで、この三人は初めて一緒に展覧会を開きました。同じ美術大学(京都市立芸術大学)の出身で、同じ時代に育ったアーティストたちです。
あれから27年。三人はそれぞれ自分の道を歩み続けました。そして2026年、同じ問いを胸に大阪にふたたび集まった。
「それぞれが自分の道を一人で走り続けてきた三人が、なぜここで出会うのか」——その答えが展覧会全体に散りばめられています。
Room 1——ヤノベケンジの世界

【↑画像】怪物のような鋭い目の猫。
最初の部屋はヤノベケンジの世界です。入った瞬間、その量と迫力に圧倒されます。
猫の立体作品、全身黄色の防護服を着た人型のフィギュア、丸い覗き穴のついた不思議な装置、ガラスケースの中でゆれるキャンドル——あらゆる方向から、ヤノベの「世界」が迫ってきます。
「見た人だけが知ることができる」ネタがここには詰まっています。少し寄り道してご紹介しましょう。
黄色い宇宙服の秘話

【↑画像】防護服の作品
黄色い全身防護服——これはヤノベが1990年代に実際に作った「アトムスーツ」がモデルです。
ヤノベは1997年、チェルノブイリ原発の廃墟を訪れるために、この黄色いスーツを自ら縫い上げました。もちろん本物の防護スーツではありませんが、「着ることで覚悟を決める」ための特別な服でした。荒廃した場所を自分の目で見るために、自ら作り上げた「決意の衣装」です。
6歳のときに見た万博の建物が次々と壊されていく光景、そして1990年代のチェルノブイリ。「未来が終わっていく怖さ」を誰よりも早く体で感じていたヤノベにとって、このスーツは単なる衣装ではありませんでした。
「猫」が宇宙服を着る理由

【↑画像】太陽の塔。赤い部分はたくさんの猫の顔です。
Room1を満たす猫たちは《SHIP’S CAT》シリーズです。
かつての船旅では、船に猫を連れて行くことがよくありました。ネズミ退治のためでもありましたが、長い航海の中で船員たちの心の支えでもあったのです。どこへ向かうかわからない海を進む船を、猫が守っていた。
ヤノベはその猫に宇宙服を着せました。宇宙も大海原も、人間にとって「未知の場所」という意味では同じ。
どこへ向かうかわからない海を、猫と一緒に進む——それがヤノベの旅のスタンスです。
ヤノベの部屋は、見れば見るほど物語が増えていく場所です。
「便器を芸術と呼んだ男」へのヤノベの返事

【↑画像】猫と便器。あっデュシャンだ!と思った作品です。
Room1にはもう一つ、アートが好きな人にはたまらない「仕掛け」があります。 《S.CATT 2025》という作品です。
1917年、マルセル・デュシャンという芸術家が、市販の便器に「R.MUTT 1917」とサインして「これは芸術だ」と展覧会に出品しました。「芸術とは何か」を根本から問い直した、美術史上もっとも有名なイタズラです。
ヤノベはそれに「S.CATT」というサインで答えました。英語の「scat」には動物のフンという意味もあり、便器の次はフン——そんなヤノベ流のユーモアが隠れているようにも読めます。
デュシャンへの100年越しの返事、あなたはどう受け取りますか?
デュシャンについてもっと詳しく知りたい方は、私が以前書いたこちらの記事もどうぞ。 → シュルレアリスム展レポート|デュシャンとその時代
Room 2——森村泰昌「大阪で、自分を消す」


【↑画像】日本一長いカウンターの居酒屋の前でポーズをとるヘップバーンもどきの森村。
森村泰昌の名前をご存じない方に、まずご紹介します。
森村は「別の誰かになる」ことで「自分とは何か」を問い続けてきたアーティストです。ゴッホに、マリリン・モンローに——歴史上の人物や著名人の姿を自ら纏い、写真作品として発表してきました。
ただの「なりきり」ではありません。
森村が問うのは、「人物はなぜ、そのように見られてきたのか」「私はなぜ、その顔に特別な意味を感じるのか」——見る側の思い込みそのものを、静かにひっくり返す仕事です。
40年間、自分を消すことで見えてくるものを撮り続けてきた。
それが森村泰昌という作家です。
今回、森村は特別なことをしています。
大阪のなじみある場所や風景を背景に選んで、作品を作っているのです。

【↑画像】現在の日赤病院でモンローに扮した一枚です。
会場を歩いていて、私は何度か「ここ、知ってる!」と声を上げそうになりました。作品の背景に映っている建物が、大阪で実際に目にしたことのある場所なのです。
たとえばマリリン・モンローに扮した森村の背景には、大阪の実在の病院が映っています。「えっ、マリリン・モンローがこの病院に来たの?」——そんな不思議な感覚。
昭和29年ハネムーンでモンローが夫ジョー・ディマジオと来日したのです。
当時の大阪赤十字病院は敗戦後に進駐軍(GHQ) に接収された、マリリンは「オオサカ・アーミー・ホスピタル」に慰問として訪れています。
森村が大阪のその場所で撮影したのですが、私は建て替え前の大阪赤十字病院を知っているので、見慣れた風景が突然「世界の有名人」と交差する瞬間のおかしさとドキドキ感は、知っている人だけが味わえる特別な楽しさです。
これが森村の大阪へのこだわりです。はるか遠い歴史の中の人物を、今の大阪のリアルな場所に連れてくることで、遠い過去と今の暮らしがぐっと近づく。

【↑画像】大阪城公園内の旧陸軍第四師団庁舎バルコニーで。
この部屋で私には一つの問いが生まれました。
「この背景、この衣装、このセット——写真を一枚撮ったら、もう壊してしまうのではないか?」
真相はわからない。
でも、森村の写真が一枚の完結した世界であることは確かです。どれだけ手の込んだセットも衣装も、最後に残るのは一枚の写真だけ。その潔さが、森村の仕事の核心にある気がしました。

【↑画像】なにものへのレクイエム(2010年)シリーズの一つです。
写真の中の人物はレーニン——ロシア革命後の1920年5月、モスクワで労働者たちに向けて演説する姿をモデルにしています。
そしてこの作品の撮影場所が、大阪・西成区の釜ヶ崎です。
釜ヶ崎は江戸時代から続く歴史を持ち、1961年ごろから港湾・建設・土建業などの日雇い労働者が集まる街として知られてきました。
「なにより釜で炊いた飯が先」——まず食べるために働く、という現実を生きてきた人たちの街です。
世界を動かした革命家と、大阪の日雇い労働者の街。
どこか遠い歴史の人物が、今も生きているこの場所に立つ。
「HUMANITY IS SADLY FUTILE.」——人類の営みは、悲しいほど虚しい。
その言葉が、釜ヶ崎の空の下でリアルに響きます。
Room 3——やなぎみわ「桃と、死の向こう側」


三つ目の部屋は、やなぎみわの世界です。
この部屋には桃の写真がたくさん展示されています。最初は「なぜ桃?」と思うかもしれません。
実はやなぎみわの作品には、日本の古い神話が深く関わっています。その神話とは、古事記です。
古事記って何?
古事記は今から約1300年前、西暦712年に書かれた、日本でいちばん古い本です。
内容は、日本がどうやって生まれたのか、どんな神様がいたのか、という物語です。国語の教科書に少し出てくることはありますが、「むずかしそう」「古すぎてよくわからない」と感じている方も多いのではないでしょうか。私もこの展覧会で初めてきちんと向き合いました。
古事記の中に、こんな話があります。イザナギとイザナミという夫婦の神様が、力を合わせて日本の島々を作りました。ところがイザナミが亡くなってしまう。夫のイザナギは「もう一度会いたい」と、死者の国(黄泉の国)まで会いに行きます。
そこで起きる出来事の中に、「桃」が登場します。
むずかしい言葉は抜きにして、漫画でご覧ください。






【↑6コマ漫画】🍑 古事記「黄泉の国」の物語

【↑画像】やなぎが福島で撮影した桃。
桃は、死の世界から人を守る果実として日本の神話に刻まれています。そしてやなぎが桃を撮影したのは、2011年の東日本大震災から10年後の福島でした。
原発事故の影響を受けた土地で、それでも毎年実り続ける桃の木。つらい現実の中に咲き続ける、生命力の強さ。古事記の神話が、被災地の風景に重なります。
「消滅せよ」という言葉は、ここでは「一度消えて、また生まれよ」という励ましにも聞こえます。
会場では能の映像が流されていた。やなぎが演出した能です。
能には「夢幻能(むげんのう)」と呼ばれるスタイルがあります。
成仏できない魂が旅の僧の前に現れ、自分の話をして、また消えていく。
消えることと現れることが一緒になった、独特の芸術です。
やなぎみわの部屋は、この展覧会の中で最も「時間の流れ」を感じる場所でした。
Room 4——三人が一つの部屋に集まる
Room4のタイトルは「迷宮を紡ぐ厳粛な綱渡り」。
これまでの3つの部屋でそれぞれ独自の世界を作ってきた三人が、この部屋で初めて同じ空間に並びます。しかもここに展示されているのは、三人それぞれの最新作です。
森村——大阪の絵を「自分の目」で撮り直す


【↑画像】浄瑠璃船の屏風(中之島美術館所蔵)と森村の作品(M式)
森村は、中之島美術館が所蔵する木谷(吉岡)千鶴の絵《浄瑠璃船》(1926年)を取り上げます。
森村は自分なりの読み解き方(「M式」と呼んでいます)でこの絵に独自の視点を見出し、写真作品として撮り直しました。元の絵と見比べながら見ると、森村が何を発見したのか、少しずつ伝わってきます。
大阪ゆかりの絵を、森村のやり方で新しく問い直す——それがRoom4での森村の仕事です。
ヤノベ——刀に込められた「祈り」

【↑画像】装飾の素晴らしい刀。
ヤノベは、刀鍛冶の職人・川地邦啓さんと一緒に作った日本刀のシリーズを発表します。
日本刀は武器でありながら、繰り返し打ち鍛えられ、祈りを込めて作られる道具でもあります。鍛えられるほどに強くなる刀は、難しい時代を切り開く力の象徴。でも同時に、それを作った人の歴史や記憶とも切り離せない。
前に進もうとするとき、人はいつも過去と向き合っている——そのことを刀は静かに語っています。
やなぎ——「船の飾り像」をひっくり返す

【↑画像】やなぎの作品。逆さにされた船首像の4枚組写真。
やなぎは《船首像》シリーズの新しい作品を見せます。昔の帆船の先頭(舳先)には、女性の像が取り付けられていました。船を守るための飾りでもありながら、ただそこに「置かれる」存在でもありました。
やなぎはその像をひっくり返します。それだけで、これまで見えなかったものが見えてくる。「いつも飾り物として置かれてきた女性の存在」を改めて問い直す、静かな作品です。
三人に共通しているのは、これまであった話を「ない」と言うのではなく、その話の中に入り込んで、別の角度から見直す、という姿勢です。過去と今、作り話と現実が交差する、不思議な緊張感がこの部屋には漂っています。
Room 5——「想いをかける、しばし出発。」


【↑画像】白い台座、真っ白なキャンバスが並ぶ広大な空間。
最後の部屋は、やなぎみわが企画した演劇の空間です。タイトルは「想いをかける、しばし出発。」
入った瞬間、何もない。
真っ白な台座、真っ白なキャンバス、真っ白な広い空間。「この部屋はなんだろう」と思いながら、ただ歩いていました。
すると——パフォーマーが現れました。
彼は、何も描かれていない白いキャンバスに向かって、語りかけ始めました。私はその場所から少し離れたところに立っていたので、声だけが聞こえてくる。キャンバスをじっと見ていたわけでもない。それなのに、頭の中に絵が浮かび上がってきました。森村氏の作品が、そこにある気がした。
耳で聞いて、頭の中に描く——想像の絵画です。
きっとこの部屋では、観客の数だけ違う絵が生まれているのだと思います。実に面白い体験でした。別の日にも来て、違うパフォーマーの、違う想像の絵画を見てみたい——そう思いながら部屋を出ました。
全体を通して——「消滅せよ」という言葉の意味
5つの部屋を歩き終えて、私は最初の問いに戻りました。
「消滅せよ——誰が、誰に向かって言っているのか?」
三人の作家は、それぞれ違う形で「消滅」と向き合っています。
- ヤノベは、消えた万博の記憶を作品に宿らせ、未来へ向かって漕ぎ出す。
- 森村は、自分を消して別の誰かを呼び戻す。残るのは、一枚の写真だけ。
- やなぎは、死と再生の神話を現代に重ね、また咲かせようとする。
三つの「消滅」は、どれも「終わり」ではありません。
消えることで、次の形が生まれる。壊されることで、別の何かが始まる。
「消滅せよ」という言葉は「終わり」ではなく、「一度ここで消えて、また別の形で現れよ」——そんな願いや励ましのように聞こえます。
まとめ——「消滅」を探しに行く旅へ
「消滅せよ。」という言葉を頭に置いて会場を歩くと、不思議なことが起きます。すべての作品に「消えていくもの」と「残っていくもの」の両方が見えてくるのです。
万博の建物は消えた。でも、その記憶はヤノベの作品に宿っている。
森村が纏った衣装も、作り上げた場も、シャッターの後は消える。
でも、その瞬間は一枚の写真になって残っている。
やなぎの桃は腐り、また実る。
白い部屋では、パフォーマーが「ある」と演じた瞬間、何かが生まれた。
消えることと残ることは、実は同じことの、二つの面なのかもしれません。
そして最後の部屋で、私はその答えを受け取りました。
「消滅せよ」——それに対してやなぎみわが返した言葉が、「しばし出発。」
消滅は終わりではない。また会うための、出発なのです。
この夏、大阪中之島美術館へ「消滅」を探しに行ってみてください。きっとあなただけの「しばし出発」に出会えます。

【↑画像】「消滅屋」グッズショップ。room5を出るとスーベニアショップがありました。
アクセス・会期情報
大阪中之島美術館 〒530-0005 大阪府大阪市北区中之島4-3-1
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会期 | 2026年4月25日(土)〜 7月20日(日) |
| 休館日 | 月曜日(祝日の場合は翌平日) |
| 開館時間 | 10:00〜17:00(入館は16:30まで) |
最寄り駅からのアクセス
大阪駅(JR)から
└─ 徒歩約15分
または 地下鉄四つ橋線「肥後橋駅」2番出口 徒歩約5分
なんば方面から
└─ 地下鉄四つ橋線「肥後橋駅」2番出口 徒歩約5分
京橋・天満橋方面から
└─ 地下鉄長堀鶴見緑地線「渡辺橋駅」1番出口 徒歩約3分
※チケット・最新情報は公式サイトをご確認ください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました! 今後も旅の情報ともに動画作成の失敗談も書いていきます。どうぞよろしくお願いいたします!
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