「空港に着いたら、一番早く出る飛行機に乗る」
そんな自由な乗り方をしていた私の出張は、1997年に国内線のマイレージ制度が始まったことで、大きく変わりました。
それまではANAでもJALでも、早く帰れる便を選んでいました。ところが、マイルが貯まり始めると、「どの便が早いか」より「どの航空会社ならマイルが付くか」を考えるようになったのです。
私が最初に選んだのは、ANAではなくJALでした。JALを選んだ理由は特典航空券だけではありません。紙で届く日航ホテルの利用券にも、すっかり心を奪われていました。
今回は、わずかなマイルのために早い便を見送り、沖縄旅行より鉄板焼きを選んでいた、私のマイル生活の始まりを振り返ります。
※当時の記憶をたどって書いています。必要マイル数や運賃、利用券の交換条件は、利用した時期によって異なる可能性があります。
前回の記事はこちら:ANAの航空券でJALに乗れた時代|私のSFC前史①

【Before → After】早い便を選んでいた出張族が、マイル制度の登場で航空会社を意識するようになりました。
1. 私がJALを選んだ原点は、ハワイのCMだった
私がJALを選ぶようになったきっかけは、出張でも国内線でもありませんでした。
1994年ごろ、テレビから流れてきたJALのハワイCMです。
青い海、白い砂浜、ヤシの木。私はそれ以前にハワイ旅行を経験していましたが、CMを見ると、旅先で感じた開放感がよみがえりました。
「また海外へ行きたい」
このCMをきっかけに、私の中で「JAL」と「海外旅行」がしっかり結びついたのだと思います。
私が覚えているのは、このCMです。今見ても、当時の旅の空気がよみがえります。
▶ 私がJALを意識するきっかけになったハワイCM(YouTube)
飛行機に乗らなくても、買い物で香港へ行ける?
ちょうど同じ1994年、JALカードでは「ショッピングマイルプラン」が始まりました。
当時の仕組みは、カードで100円支払うごとに1マイル。日々の買い物や公共料金、出張経費などを一枚のカードに集めれば、1年間で2万マイルを貯めることも夢ではありませんでした。
単純計算なら年間約200万円、月平均にすると約17万円。生活費や立て替えた出張経費をまとめれば、現実味のある目標に見えました。
そして2万マイルあれば、香港などへの往復特典航空券に交換できる。
当時の香港は、まだ中国へ返還される前のイギリス領です。東洋と西洋が入り混じった街並み、ネオン輝く夜景、映画で見るような雑踏。私にとって、香港は十分に憧れの海外旅行先でした。
「普段の支払いをカードにまとめるだけで、香港へ無料で行けるかもしれない」
この仕組みは衝撃的でした。飛行機に何度も乗らなくても、毎日の暮らしが次の海外旅行につながっていくのです。
そこで申し込んだのが、「JAL CLUB-Aカード(DC提携)」でした。
年会費は当時としては高額な1万円前後。それでも、買い物をしながら次の旅を作れるカードだと思えば、私には十分魅力的でした。
こうして私は、食料品や洋服などの買い物はもちろん、立て替えた出張経費まで、せっせとJALカードへ集めるようになりました。
請求額は現実。でも、その先には香港が待っている。そう考えると、カードを使うこと自体が少し楽しくなったのです。

実は、この香港行きの特典航空券を実際に使うことはありませんでした。ショッピングマイルで着々と貯めていた矢先、今度は国内線でもマイルが貯まるようになり、私の関心は一気に出張先へと向いていったからです。
国内線マイルが始まったとき、選択肢はもうJALだった
その後、1997年4月にJALの国内線でも搭乗マイルが貯まるようになりました。
けれど、私にとって「JALかANAか」を改めて比較する場面ではありませんでした。ハワイのCMでJALを意識し、JALカードを作り、買い物のたびに次の海外旅行を目指してマイルを貯めてきた私にとって、出張でJALを選ぶのは自然な流れでした。
すでに貯めていたショッピングマイルの土台へ、国内線のフライトマイルが加わり、さらにCLUB-Aカードの搭乗ボーナスも上乗せされる。マイルの数字は、それまでより速い勢いで増え始めました。
当初はカウンターでカードを提示し、のちには空港の端末で読み取らせて登録。画面上の数字が跳ね上がっていく様子は、まるでRPGゲームで一気にレベルアップしていくようでした。
こうして私は、移動手段として飛行機を選ぶだけではなく、「どうすれば少しでも多くマイルを貯められるか」を考えるようになります。そして、たった280マイルのために、早く帰れる便を見送ることになるのです。

2. 280マイルのために、早い便を見送った
マイルを意識し始めると、出張先での行動まで変わりました。かつては「少しでも早く帰る」ことを優先していたのに、今度はマイルをもらうために、あえて遅い便を待つようになったのです。
上司も同じことを考えていた
ある松山出張でのことでした。仕事を終えて荷物をまとめていると、上司がこう言いました。
「KIKOさん、私は松山支店の担当者ともう少し打ち合わせがあるから、先に帰っていいですよ」
日中にあれだけ念入りに打ち合わせたのに、まだ何を話すのだろう。そう思った直後、理由に気付きました。
上司はJALマイルを貯めている…。
真相は本人に聞いていませんが、当時の私にはそう見えました。
私は渋々早い出発便のANAで帰りました。
人のことは笑えません。気付けば私自身も、同じことをするようになっていました。
時間よりも大切に思えた280マイル
区間によって積算されるマイルは違いましたが、たとえば羽田―伊丹なら片道約280マイル。それでも当時の私たちには、大切な280マイルでした。
運賃の種類も増え、予約変更のできない割引航空券を使う機会が多くなっていました。「この便で予約してあるから、早い便には乗れない」という事情もありました。でも、本音を言えば、早く帰れる他社便よりもJALのマイルが欲しかったのです。
電光掲示板に早いANA便が表示されているのを横目に、空港のベンチで電卓を取り出します。
「あと500マイルで利用券に届く。今日はJALを待とう」
早く帰って休めばよいのに、280マイルのために空港で待つ。今なら笑ってしまいますが、当時はそれほど真剣でした。

早く帰れる他社便を見送り、マイルを計算しながらJAL便を待っていた頃。
3. 沖縄航空券より、日航ホテルの鉄板焼き
当時の私が強く惹かれていた交換先が、日航ホテルで使える紙の利用券でした。
今なら、マイルはアプリやウェブサイトで特典航空券へ交換するのが普通です。しかし当時は、申し込むと紙の券が封筒に入って自宅へ届きました。手元に届く紙の束には、数字だけのマイルとは違う実感がありました。
利用券が届くと、大阪・心斎橋の日航ホテルにあった鉄板焼「銀杏」や、グアム旅行でも日航ホテルで鉄板焼きを食べに出かけました。
シェフが目の前で肉を焼き、炎が上がる。会計のとき、周りの人がカードや現金で支払う中、私は少し気恥ずかしく思いながら紙の利用券を差し出しました。
でも、心の中は誇らしさでいっぱいでした。「出張で貯めたマイルで高級なお肉を食べられた」「家族や知人にご馳走できた」。それが、とてもうれしかったのです。
もちろん、同じマイルを特典航空券に使ったほうが、金額だけを見ればお得でした。頭では分かっていました。それでも、目の前で焼かれるお肉と、手元に届いた紙の利用券の魅力には勝てません。
「お得なのは分かっている。でも、今日はお肉が食べたい」
私の価値基準は、すっかりマイルと食欲に左右されていました。

特典航空券のほうがお得だと知りながら、目の前の鉄板焼きを選んでいた思い出。
4. 貯めたマイルで実現した家族5人の沖縄旅行
鉄板焼きの誘惑に寄り道しながらも、国内線マイル解禁前からカード決済でコツコツ蓄えていたマイルに、日々の出張フライトマイルが一気に合流。ついに家族を沖縄の石垣島旅行へ招待できるだけの残高に届く日がやってきました。1998年1月、家族5人で行く沖縄ゴルフ旅行です。
手元のマイルで用意できた特典航空券は4人分。足りない1人分は、約70,000円の航空券を購入しました。
「あのときお肉を我慢していたら、全員分をマイルで用意できたかもしれない」
そんな思いが頭をよぎらなかったと言えば、嘘になります。
それでも、青空の那覇空港に降り立ち、家族とゴルフ場を回ったときの喜びは、金額では測れませんでした。
「出張に行くだけで、こんな旅行ができるなんて信じられない」
家族が目を丸くして喜んでくれた瞬間、国内線マイルが始まる前からカードを使い倒し、少ないマイルのために空港で遅い便を待った時間も、すべて報われたように感じました。
早い便を見送り、鉄板焼きに心を奪われ、航空会社の思惑どおりにマイルへ夢中になった頃。今振り返れば本末転倒なこともたくさんあります。それでも、大切な人を喜ばせる力になったという意味では、幸福な「ハマり方」だったと思っています。

貯めたマイルと自費の航空券で実現した、家族との沖縄ゴルフ旅行。
【次回予告】そんなJAL愛に満ちていた私が、なぜ「ANAのSFC」へ?
こうして「JAL CLUB-Aカード」を相棒に、空港での居残りと日航ホテルの鉄板焼きに命を燃やし、完璧なJAL派としてマイルの恩恵を浴びていた私。
しかし数年後、私はANAへと軸足を移し、20年以上維持し続けることになる「SFC(スーパーフライヤーズカード)」を取得することになります。
「年会費が高くなるのは勿体ない」とずっと切り替えを渋っていたはずの私が、なぜSFCを取得することになったのか?
そのきっかけになった出来事は、また次回お話しします。
(次回へつづく)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました! 今後も旅の情報とともに失敗談も書いていきます。どうぞよろしくお願いいたします!
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