私は、プラチナ会員だった3年間に、スーパーフライヤーズカード(SFC)へ申し込める機会を3回も見送りました。
「来年も出張で飛行機に乗るのだから、わざわざ高い年会費を払わなくてもいい」
当時の私は、本気でそう思っていました。プラチナになったのは、SFCを目指したからではありません。全国への出張を繰り返すうちに、いつの間にか条件を満たしていたのです。航空券は会社の経費。自分で費用を払って挑む今の「SFC修行」とは、まったく違う始まりでした。
その私が、なぜ後になって、もう一度プラチナを目指すことになったのか。
今回は、JAL派だった私がANAへ移り、SFCを手にするまでのお話です。
※当時の記憶をたどって書いています。会員ランクの名称や年会費、アップグレードに必要なマイル数などは、時期によって異なる可能性があります。
※過去の記事では「SFC歴25年以上」と書いていましたが、記録を整理し直すと、正確にはSFC歴23年、その前のプラチナ期間を含めたANA上級会員歴が25年以上でした。本記事から表記を訂正します。

1.JALからANAへ|地方出張で使いやすかったダイヤ
当時の出張は月に2〜3回。普段より3時間早く家を出て始発便に乗り、大阪の自宅へ戻るのは深夜という生活でした。
身体は疲れましたが、知らない街へ行き、ふらりと入った店で一人で夕食を取る時間が私は好きでした。この感覚が、のちに一人旅へ夢中になる原点だったのかもしれません。
仕事の担当エリアが全国へ広がり、東北、四国、九州へ行く機会が増えました。伊丹―羽田が中心だった頃はJALを選んでいましたが、私の出張先ではANAの始発便や最終便の方が日程に合うことが多くなりました。
SFCが欲しくてANAを選んだのではありません。仕事に必要な便を選んだ結果、ANAに乗る回数が増え、貯めるマイルもJALからANAへ変わっていったのです。

2.「私も申し込めるんだ」|それでもSFCを見送った理由
当時、SFCというカードがあることを知ったのは、誰かが書いたブログだったと思います。
「限られた人しか申し込めないクレジットカードがある」
それを読んだ私は、驚きました。
クレジットカードは、自分が欲しいものに申し込み、カード会社の審査に通れば持てるものだと思っていたからです。申し込む前に、資格が必要なカードがあることを知りませんでした。
その条件は、ANAのプラチナ会員以上であること。
「へぇ〜、知らなかった。私、申し込めるやん」
SFCが欲しいと思ったわけではありません。それでも、誰でも申し込めるわけではないカードに、自分は申し込める。そのことに、正直、少しだけ心をくすぐられました。
ところが、よく調べてみると年会費は1万円以上かかります。
当時の私は、翌年も出張で飛行機に乗れば、またプラチナ会員になれると思っていました。
「そのために毎年1万円以上払うなんて、もったいない。やっぱり要らんわ」
興味を持ったのは、ほんの一瞬でした。
翌年も、その次の年も考えは変わりません。プラチナだった3年間、SFCに申し込める立場にありながら、私は毎年その機会を見送りました。
3.飛行機から新幹線へ|プラチナではなくなった私
担当エリアが変わり、出張先は名古屋、岡山、広島、金沢など、新幹線で行ける地域が中心になりました。
飛行機に乗る回数は急に減り、私はプラチナではなくなりました。それでも当初は、特に困るとは思いませんでした。ラウンジを使う時間もなく、飛行機に乗る機会自体が減っていたからです。

その考えを変えたのが、個人旅行のロンドン便で体験した人生初のビジネスクラスでした。
4.お盆のロンドン便|初ビジネスクラスの赤面劇
ロンドンへ行ったのは、出張ではなく個人旅行でした。
短期留学をしていた友人から「遊びに来てね」と誘われたのがきっかけです。当時の私は仕事中心の生活で、有給休暇を取って旅行をしたことさえありません。まとまった休みを取れるのは、お盆しかありませんでした。
ところが、お盆のロンドン便に安い航空券はありません。当時はツアーなら10万円前後で行けた時代でしたが、私が購入したエコノミークラスの航空券は20万円を超えていました。
「エコノミーなのに、こんなに高いの?」
それでも友人に会うには、この航空券を買うしかありません。少しでも納得できる使い方はないかと調べてみると、購入した航空券は、数万マイルを使えばビジネスクラスへアップグレードできる運賃でした。
エコノミークラスに20万円以上払うのなら、貯めていたマイルを使ってビジネスクラスを体験するほうが、ずっと価値があるように思えました。
今でも私は、アップグレード対象運賃の航空券を購入し、マイルでビジネスクラスへアップグレードすることがあります。その旅の仕方を初めて知ったのが、このロンドン旅行でした。
仕事では国内線に何度も乗っていましたが、ANAで海外へ行くのは初めてです。国際線のビジネスクラスがどのようなものなのかも知りません。
そんな未熟な旅行者の、初ビジネスクラス。そこで私は、次々と恥ずかしい失敗をすることになります。
CAさんから渡されたクロスを「なんて大きなナプキン」と膝に広げようとして、「そちらはテーブル用でございます」と教えられ、赤面しました。


夜食もデザートもチョコレートも楽しもうと思っていたのに、座席を倒すと、その快適さに負けて熟睡。「まもなくロンドンに到着いたします」というアナウンスで目を覚まし、まだパジャマのままだと気づいて大慌てしました。


格好のつかないビジネスクラスデビューでした。それでもロンドンに着いたとき、長距離フライトの疲れがほとんど残っていないことに驚きました。
ビジネスクラスだった行きは、専用カウンターでチェックインし、出発までの時間を空港ラウンジで過ごしました。どちらも、それまで経験したことのない優雅な時間でした。
ところが、エコノミークラスの帰りは違いました。専用カウンターも、ラウンジもありません。同じ旅なのに、その差は驚くほど大きなものでした。
そこで、ふと気づいたのです。
SFCを持てば、行きに受けたあのサービスを、エコノミークラスでも受けられる。
当時の私は、旅行にそれほど興味があったわけではありません。今すぐSFCが必要なわけでもありませんでした。それでも、一生そのランクが続くなんて、なんていい仕組みなのだろうと思いました。
「あのとき申し込んでいたら、もう一度プラチナを目指さなくてもよかったのに」
かつての「やっぱり要らんわ」を、初めて悔やみました。
幸い、このロンドン便の搭乗実績を加えると、再びプラチナへ手が届きそうでした。
足りない分は、選べる出張でできるだけANAに乗って埋めよう。
取れるうちに、取っておこう。今度こそ、SFCを申し込もう。
5.ようやく手にしたゴールドカード
その年のうちに、再びプラチナに届きました。申し込みに、もう迷いはありませんでした。
今すぐ使うあてはなくても、いつか仕事を離れたあと、このカードが自分の旅を支えてくれるかもしれない。
財布に収まったSFCゴールドカードを眺めながら、私は思いました。
「これで、仕事を辞めたあとも安心して旅ができる」
年会費を払い続ける限り、この安心はずっと続く。あのときの私は、そう信じていました。
それから23年
私のSFC歴は23年。その前のプラチナ期間を含めると、ANA上級会員歴は25年以上になります。
全国を飛び回った仕事の日々と、あのロンドンへの旅がくれた、私にとって大切なカードです。
そして今、ずっと続くと思っていた安心が、制度改正によって形を変えることになりました。
最終回では、60歳からの一人旅を支えてくれたSFCへの思いと、2026年9月29日の最終発表を受けて私が決めたことを、正直に書きます。
(第4話へつづく)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました! 今後も旅の情報とともに失敗談も書いていきます。どうぞよろしくお願いいたします!
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